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 アイコン Notte di Valentino〜バレンタインの夜〜

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「………ごくでらくん…、ごくでらくん」

 どのくらいの時間が経っただろう。

 五分、十分?

 それとも、もっと長く…? 

 あまりの気持ちよさと安堵感に、意識を持って行かれていた俺は、

耳元でささやかれたじゅうだいめの声に、途端に意識を浮上させた。

「……へ? ……わあっ!

――すみませんっ!じゅうだいめ……!」

 あまりの顔の近さに、(あんなことをやっておいてどうかと思うが)

俺はふたりのからだを勢いよく引き離すと、彼の人に見られないよう、うつむいて顔を隠す。

――きっといま、俺の顔は真っ赤に染まっていることだろう…。

 そんな俺の様子に、大きなひとみをさらに大きくさせていたじゅうだいめは、

「ふふっ」とお顔をほころばせて微笑むと、

「…んん、俺こそごめんね。

気持ちよさそうだったから、このままでもいいかなって思ったんだけど……、

ここで寝たら風邪引いちゃうだろうし…、俺も、まだ渡してないものがあったから……」

 と、ちいさなプレゼント用の包みを俺に差し出された。


 赤いチェックのリボンが可愛い、ちいさな白い紙袋。

 持ち手の付いた、プレゼント用のバッグだった。

「―――はい、これ。俺からのバレンタインチョコレート。

甘くないように頑張って作ったんだけど、

………もらってくれるかな?」

 すこし不安げに首をかしげたその姿は、愛くるしいと言うほか無い。

「じゅうだいめが、お作りになったんですか…?

……ご自分で…?」

「……うん、そう。手伝ってもらったけどね。

でも、半分以上自分でやったんだよ?

――京子ちゃんのお墨付きだから、きっとおいしいよ。…たぶん」

「――!? えっ!? 笹川ですか!?

なんでここで笹川の名前が出てくるんですかっ!?

!! ………ま、まさか、じゅうだいめっ…」

「うん、京子ちゃんに教えてもらったんだ。チョコの作り方。

………ちょっとそんな怖い顔しないでよっ…!

だって仕方ないだろ?うちでチョコなんか作ったら、チビに邪魔されるだけじゃあきっと済まないし、

結局みんな食べられちゃって、挙句の果てに君にバラされでもしたら、内緒にしてた意味が無くなっちゃうし……」

 必死の形相で詰め寄る俺に、じゅうだいめは困ったような表情をされながら、

弱々しい声で「ごめんね」とおっしゃった。

 そんな主に、これ以上強く言いつのることなど出来る筈も無く、

「……はい…」

と、俺はしぶしぶ応えていた。



「――ただ、教えてもらっただけだよ。

それに京子ちゃん、俺が獄寺くんにチョコあげること、最初から知ってたみたいだったし…」

 その後も会話は続いていた。

「…へっ? …どういうことですか?」

「――だから、京子ちゃんとか黒川とか山本には、俺たちが両想いってバレてたんだよ。

俺、君に言わなかっただけで、結構前から君のこと、好きだったし…。

雰囲気で気が付いたよって、言われちゃってさぁ……」

「――ええぇっ!?

じゅうだいめ、前から俺のこと好きだったんですか〜…!!?」

「って、ツッコむとこ、そこ〜!?」

「? …えぇ、ハイ。

俺、まわりにどう思われようと、全然カンケーねーんで」

「……………。

そっか…、俺は結構恥ずかしかったけどな…。

まぁ、獄寺くんらしいって言えばらしいよね……」

 じゅうだいめはひとつ「う〜ん」と唸ると、

「……とりあえずこの話は置いといて、その包み、開けてみない…?」

と、俺を促された。

「あ、はい」

 なぜか諦めたような表情をなさっている主を横目に、

  俺は可愛らしい袋を開けると、その中に入っていた、長方形の茶色い小箱のふたを開けた。

 そこには、楕円のトリュフが計6粒、きれいにアーモンドやココアパウダーをまぶされて並んでおり、

 赤い小さなリボンが添えられていた。

――そして、その下に隠れるようにして収まっている、細く光を放つ銀色の……、

……これは、…指輪……?


「………じゅうだいめ、…これ、まさか……」

「…うん、君がくれたのとおんなじ、おそろいのリング。

……貰ってくれるかな…?」


 そこにはイタリア語で、

『Sono sempre accanto a te.』

と刻まれていた。

 日本語に訳すと、『いつもきみのそばにいるよ』……だ。 


「ごめんね、俺、君がくれたみたいな情熱的な言葉は、まだ恥ずかしくて言えなくて……。

だから、いま言える俺の気持ちを、君にあげようって思ったんだ。

……これがいちばん、俺には合ってるかなって……」

 ほのかに潤んで透き通った瞳が、俺を見つめていた。


(………あぁ、視界がぼやけて、じゅうだいめのお顔が、よく見えないです……)


 気が付いたら、いつの間にか頬を涙が伝っていた。

「ちょっと、ごくでらくんっ…!

何も泣くことないでしょう……!?」

「………俺、うれしいです……。

まさか、こんなものまでもらえるなんて、思ってもみなかったです…」


(クソッ…、鼻水まで垂れてきやがった……)


 顔からあふれ出す水を拭き取ろうと袖口で拭っていたら、

じゅうだいめがきれいなコットンのハンカチで、目元を押さえてくださった。


「ごめんね、本当はクリスマスまでに渡したかったんだけど、

ちょっと込み入った事情で間に合わなくって、いまになっちゃったんだ……」


 済まなそうに俺を見る彼の表情は、どこかで見たことのあるもののように感じた。

(……?…。いつだったか、こんなことが最近あったような……)

 俺はじゅうだいめに関する記憶の断片をたどってみた。

「――!!」

 そして俺はいくつかの出来事を思い出す。


 あれは12月の初雪の降った日。

 じゅうだいめがお母様手作りのお弁当を、家に忘れてしまわれて、

「購買で何か買ってきましょうか?」と、俺がお声をお掛けしたら、

「俺お腹減って無いから、獄寺くん行ってきなよ」とはにかみながらもお答えになられた。

 しかし、朝もあまりめしあがらないじゅうだいめのことだ。

 お腹が減っていない訳が無いと、適当なものを見つくろって差し上げたら、

「…ごめんね、ありがとう」と、済まなそうなお顔で俺を見上げていらした。

――本当はお腹が空いていたのに、どうしてか、我慢しているようだった。

 それからしばらく、じゅうだいめは外での買い食いを一切されなくなった。

 少し不思議には感じたが、「お母様に止められたのだろう」くらいにしか、考えていなかった。


 そう、あの時と一緒だ。


 俺は鼻を啜りながらも、じゅうだいめに静かに詰め寄ると、ぐいっと顔を近づけた。

「じゅうだいめ、それってもしかして、

ずっと買い食いを控えていらしたことと、何か関係があるんですか…!?」

「――わぁっ! ごくでらくん、涙と鼻水拭いてからにしようよ…!

なんか、俺が泣かしてるみたいじゃないかっ…!」

「……そうですよ、これはじゅうだいめに泣かされたんです……!

それよりどうなんですか!関係あるんですか!?無いんですか…!?」

「うえぇぇ〜? 俺が泣かしたの〜…?

…う〜ん、まぁ、全く関係無いことは無いんだけどさぁ…」

「!! やっぱりっ…!」

「やっぱりってさ、しょうがないでしょ〜!?

俺がお金貯める方法なんて、こづかいをケチるくらいしか、方法がないんだからさ〜…!

そんなに責めないでよ、もう〜」



「―――………嬉しいっス!!!じゅうだいめっ!!」



「……………へ?」



「じゅうだいめがそこまでして、俺に指輪を贈ってくださったなんて、

幸せすぎて、俺、いまにも死にそうですっ…!」

「えっ…、そう…?」

「俺絶対に大事にしますねっ!!

――しかも薬指にピッタリです!さすがじゅうだいめっ!」

「ええぇぇっ!? ホントに…!?」

「はい、それはもう寸分違わず…」

「……ちょっと君、これぶかぶかじゃない…。

おかしいと思ったんだよ。ちょっと大きめに作ったのにさ」


 めまぐるしく変わる俺の顔を、気の抜けた顔で眺めていらっしゃったじゅうだいめは、

プレゼントの包みからはみ出していた小袋をすくい上げると、「はいっ」と俺に差し出した。


「ねぇごくでらくん。それよりこれさ、お店のオーナーさんがプレゼントをくれたんだよ。

中学生なのに、高いもの買わせちゃったからって、わざわざおまけに付けてくれたの。

俺と君の、一本ずつあるよ」

 そうじゅうだいめが差し出したそれを見て、俺はフフンと鼻を鳴らした。

「……シルバーチェーンですか。

まぁ、俺は指にはめるんで必要無いですが、じゅうだいめにはこちらのほうがいいでしょう。

…あいつもなかなか、気の利いたことをしますね」

 そんな俺の態度に、じゅうだいめは小さくため息を付くと、

それを大事そうに袋から出して手のひらに乗せた。

「……あのねぇ、すこしは年上の人を敬おうよ…」

「いいえ…、俺にとって年上はみんな敵っすから無理なんです。

…それにあいつ、思ったより…………で。

…男として、あいつは俺の敵なんです……!」

 ちょっと気まずそうにそっぽを向きながら叫んだ俺を、じゅうだいめはしばらくポカーンと眺めていたが、

瞬間、くくくっと身を丸めて笑いだす。

「――あはは、そうだねえ。

オーナーさん、いいひとだったよねえ…!

俺さ、だいぶ不器用だったから、ずいぶん迷惑かけちゃったよ」

「10時間くらい掛かっちゃったかなぁ」と首をかしげたじゅうだいめに、

俺は自信満々に「いいえ」と述べた。

「じゅうだいめは器用でいらっしゃいますよ。

――俺なんか、あの店に4日も泊まりがけだったんですよ?

全然形になってねぇのにじゅうだいめのお誕生日は迫って来るし、

お先真っ暗でどうしようかと思いましたよ……」

 はぁっとため息を零す俺の顔をキョトンと凝視されたじゅうだいめは、

俺の頭を数回ポンポンと撫でられると、ふわっとやわらかく破顔された。

「――泊まっちゃったの君。…確かにそれじゃあ、俺は器用なくくりに入るのかな…?

それじゃあ今度、一緒にお礼を言いにいこうか…!

きっとオーナーさんも喜んでくれるよ…!?」

 そんな無邪気な子供のように俺を見てくれるその人が、

俺はとてもとても大切で仕方が無くて、「はい、そうですね――」と返事をしながらも、

その可愛いひとに触れたい衝動を抑えきれずに、なめらかな円を描く可愛いおでこに

「ちゅっ」と軽いリップノイズをさせてキスを贈った。



「……うあ……。

……ホントに、君は、いつも突然すぎるんだよ……!」

 可愛いキスひとつに、またまた頬を真っ赤にされたじゅうだいめは、

目元まで赤く染められたまま俺に抗議する。

「……だいたいねぇ、俺はこーゆうの慣れてないの…!

初心者なの…!きみがはじめてなの……!

  …そ、そりゃ、君にキスされんのは、すごくうれしいけど…、

なんかもう、恥ずかしくて火が出そうで……。

俺、きみといたら心臓がいくつあっても足らないよ…!」


   そう恥ずかしそうに囁かれたじゅうだいめは、首もとまで真っ赤っかだ。

 そんな顔で睦言なんて言われたら、ホントにひとたまりもないんですけど……。

 しかもその表情が、色っぽく潤んだ瞳がなんともたまらなくて、

俺はその顔に見入ったまま、柔らかそうにふくらんだ唇に、

――つい、己のものを押し当ててしまった。



「――んっ、んぁ…」

 長くも短い、はじめてのキス。

 じゅうだいめの瞳が、こぼれ落ちそうなほど見開かれている。

 はじめてのくちづけは、思っていたよりずっとやわらかくて、

俺の中に眠っていた衝動を、あっという間に掻き立ててゆく。


 お互いの視線に体を焼かれながら、俺はゆっくりと体を起こすと、

態勢を変えて、もう一度唇を重ね直した。


 これはもう少し、大人のキス。

 じゅうだいめは一生懸命俺にしがみつきながらも(おそらくとてもびっくりされているだろうが)、

たどたどしくも俺に気持ちを返してくださった。

 何とも言えない幸福感。

 この人がいる、それだけで十分だった。

 この人は、こんなにも俺を見ていてくださる。

 俺に気持ちを返してくださる…。


 時おり目を開けて覗いてみれば、一生懸命に閉じられた目元が赤く染まって、とても可愛らしかった。

 やわらかな唇を解放すると、そのなごりは唇からあふれて、顎へと伝い落ちてゆく。

 それを指先で拭いながら、やっとのことで開いた琥珀色の双眸に俺は告げた。


「―――俺は、あなたを愛しています。

言葉で表せないほどに、深く、深く――。

……ずっと、一緒に生きていきましょう。

ずっと、俺がお守りしますから。

……この先、何があっても………」


 目の前の瞳があっという間に潤んだかと思うと、一筋の涙が頬を伝った。

 その顔は、とてもきれいに笑っていた。

 誰でもない、俺に向かって……。


「……うん、ずっと、ずっと一緒に生きていこう。

だいすきだよ、獄寺くん……」


   そうやわらかく微笑んだ恋人のくちびるへ、俺は精いっぱいの気持ちを込めて、

もう一度、心からの愛と笑みを贈った――。





 おわり
                   リング
               獄寺くんがツッくんに贈った指輪 『Ti amo da impazzire. くるおしいほどあいしてる』

              ツッくんが獄寺くんに贈った指輪 『Sono sempre accanto a te. いつもきみのそばにいるよ』



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